映画レビュー1037 『ブレックファスト・クラブ』

今週のネトフリ終了シリーズはこちら。(もはや既定路線)

ネトフリでもこの辺の80年代の映画を配信してくれるのはひじょーに嬉しいですね。毎度書いてますけども。

ブレックファスト・クラブ

The Breakfast Club
監督
脚本
出演
音楽

キース・フォーシイ

公開

1985年2月15日 アメリカ

上映時間

97分

製作国

アメリカ

視聴環境

Netflix(PS4・TV)

ブレックファスト・クラブ

退屈な補習に突如突き立てられた刃に目が覚める。

8.0
接点のない5人が懲罰登校で1日一緒に過ごしたら…
  • それぞれ“ワケアリ”で課せられた懲罰登校に集まる5人
  • 半軟禁状態で一緒にいれば関係性も変わってくるわけで…
  • 核心を突くセリフで一気に評価高まる
  • “ブラッド・パック”の代表作

あらすじ

ジョン・ヒューズ監督作品っつーことで、ジョン・ヒューズと言えば青春映画、そして80年代青春映画の金字塔…とまでは言いませんが、一つの代表作であることは間違いないでしょう、こちらの映画。

割と終盤近くまではのほほーんとぼんやり観ていたんですが、ある時挟まる一つのセリフに急にハッとさせられ、青春時代の人間関係の生々しい距離感を思い出させられまして、これはなかなか良い映画だなと思います。

ということで主人公は5人、それぞれ平時は接点のない高校生たちですが、それぞれの理由により“懲罰登校”を命じられ、土曜日の朝から図書室に集合。夕方までトイレ以外の移動は禁じられ、「自分とは何か」をテーマに作文を書くように言われます。

集められたのは、「スポーツマン」アンドリュー(エミリオ・エステベス)、「秀才」ブライアン(アンソニー・マイケル・ホール)、「お嬢さま」クレア(モリー・リングウォルド)、「不良」ジョン(ジャド・ネルソン)、「不思議ちゃん」アリソン(アリー・シーディ)の5人。ご覧の通り、それぞれまったく別のコミュニティに属するタイプの高校生たちなので、せいぜい顔見知り程度の存在といったところ。

かと言って「ここにいるべき人間ではない」と思っているようなタイプだったり、そもそも「こんなところに呼ばれても真面目にやる気はサラサラ無い」タイプだったりするので、当然ながら課せられた作文が進むはずもなく、それぞれ思い思いに時間を過ごすことに。

みんなが大人しければそれぞれ単独で時間を潰したり、なんなら作文に手を付けたりするのかもしれませんが、一番の問題児である“不良”ジョンがそれぞれにちょっかいを出したり先生に反抗したりするので静かに自習しているわけにも行かず、文字通り彼が“かき回す”ことによって5人の関係も変わっていきます。

なんだかんだでいろいろありつつ、この土曜日が終わる頃…彼らは朝とはどう変わって家に帰ることになるんでしょうか。

学生時代の記憶を蘇らせるセリフ

上に書きましたが、この映画は“ブラット・パック”と呼ばれる80年代のハリウッド青春映画で活躍した若手俳優陣の代表作の一つだそうです。もう一つの代表作が「セント・エルモス・ファイアー」で、主にこの2つの映画の主演陣を差して“ブラット・パック”でっせ、と。

メンバー的にはなかなか時代を感じる部分があり、エミリオ・エステベスこそ今でも監督・俳優としてバリバリ活躍している印象ですが、その他のメンバーは主演クラスではない脇役が多く、この頃もてはやされたであろう活躍っぷりからすると少し控え目な印象。ただ僕にとって人生トップクラスに好きな映画である「ファンダンゴ」でいじられ役を演じていたジャド・ネルソンが180度違う不良役で出ているのは個人的に感慨深いものがありました。(しかもこの2つの映画、同じ年に公開されています)

この頃は…(悲劇的な結末が多い)「アメリカン・ニューシネマ」の時代が終わり、やっぱり希望を描こうよと若い人たちを主人公にした青春映画で未来への希望を取り戻そう、みたいな風潮があったんでしょうか。わかりませんが。

そんな予想をしたくなるぐらいには青春映画のヒット作が多い時代(見方によってはBTTFも青春映画と強引に言える…かもしれない)であり、それ故にこの“ブラット・パック”の人たちもまた注目されたんでしょう。そしてその代表作がこれだよと。

またアメリカでは高校におけるいわゆる“スクールカースト”の存在を知らしめた映画としても知られているそうで、この映画によって(あくまで一面ではあるものの)「リアルな高校生たちの姿」が世間に広まり、後年の青春映画やその他の創作物にも影響を与えた一本でもあるとかなんとかという噂です。

劇中、特に序盤から中盤にかけては、今観て特に目新しいような何かがあるわけでもないんですよね。普通に個性の違う高校生たちが集められ、それぞれのパワーバランスを伺いながら他愛もないやり取りを繰り返しているだけ、のように見えました。

ただ、他愛もないやり取りだからこそ…なのか、その積み上げた先に現れるそれぞれの関係性、距離感に無理がなく、また「懲罰登校で一緒になった妙な戦友感」みたいなものや、「休みの日の学校だからこそのテンション」みたいなものもきっちりと描かれ、いわゆる“非日常”を過ごすことによる心境の変化のようなものがすごく良く伝わってくる話になっていました。

当然ですが学生、特に高校生ぐらいまでの人間にとっては「家以外は学校がほぼすべて」の生活だと思いますが、そこに普段接する機会のない同年代の人たちと「学校だけど非日常」の一日を過ごすことで、普段とは違った自分を生み出す、見つけ出す作業が出てくるのはとても面白いしリアリティがあるんですよね。

ちょっと劇的すぎるかなとか、触媒がアレだなとか多少の不満はありましたが、それを上回る生々しさに、なるほどこれは確かに青春映画の代表足り得る良さがあるな、と。

特に終盤近くに訪れる、車座になってそれぞれに「ちゃんと向き合って会話する」シーンでブライアンから飛び出すとあるセリフがとても素晴らしくてですね…。ああそうだよ、この感覚こそ学生だよなとものすごくハッとさせられました。

この1シーンのみで「これは桐島レベルの青春映画じゃないか!」と一気に評価が高まったのは否めません。

あの頃を思い出しながら

僕はもうその1シーンだけでこれは観るに値する映画だなと思いましたが、そう感じるかどうかは人それぞれだろうとも思うし、全体的に見れば割と平坦で「どうってこと無い」話ではあります。

もしかしたら僕が昭和生まれのおっさんだからこそ、この頃の学生とシンパシーを感じる部分があって評価しているのかもしれません。今の時代の、それこそ現役の学生たちから見ればまったくリアルじゃない話なのかもしれないし。

それでもきっと、学生時代のまだ良くも悪くも未熟なメンタリティをきっちりと表現したこの映画は、普遍的な価値を持った映画のような気がしてならないし、だからこそ「80年代の青春映画の代表作」なのではないのかなと思うわけですよ。

今の若い人たちが観てどう感じるのかは少し聞いてみたいところですが、ただ歳を取ったからこそ感じる何かもあるだろうし、僕のように遠い昔となった学生時代を少し羨ましく感じるような、郷愁のような思いで観るのもまた正しい観方なのかもしれません。良い映画でしたね…。

ネタバレファスト・クラブ

散々「あのセリフ」と書いているのでそのセリフに言及しておきましょう。

僕が最もハッとしたセリフ、それは「秀才」ブライアンが言った「みんな来週の月曜日、今日と同じように接するのか?」というもの。(細かい表現は忘れましたがニュアンスとしてはそんな感じ)

それに続いて「無視するんだろ?」とも言っていましたが、この「今は楽しく友達として会話していても、月曜日からは“普段の”友達もいて、接し方が変わるんだろ?」という問い、これほど学生時代(だけではないかもしれない)の人間関係を端的に表したセリフは無いなと唸ったんですよね。

今は限定された環境だし、“5人”というパワーバランスの中にいるから普通に人対人として接していられるけど、“日常”が戻れば所詮このメンバーは異物で、もしかしたら友達に「こんなやつと付き合ってんの?」とか言われるかもしれないし、今まで拠り所にしていた関係性のほうが壊れるかもしれない恐怖があるわけで、となると「無視する」「元に戻っていく」ことを問うのはすごく核心を突いているし素晴らしく生々しいんですよ。

その後のアンドリューとアリソンがくっついちゃう展開とかはちょっとどうかなと思いましたが、ただあのブライアンの問いかけ一つを持って素晴らしいなとそういうお話です。

このシーンがイイ!

やっぱり5人で座ってそれぞれについて語るシーンでしょう。ああいう語りの場を作れる環境になるためにそこまでいろいろやってきた感じだし。一つ一つのセリフがとても良かったです。

ココが○

最近ふと思ったんですが、青春映画って同年代の人が観て何かを感じ取るのも素晴らしいんですが、ただおそらく客層的には僕のように「遠い昔に過ぎ去った人たち」が中心で、その過去を思い起こしながら後悔したり考えを改めたりするための映画なんだな、と今さらながら気付いたんですよね。

まったく同じ経験はしていないのに、なぜか理解できる懐かしさがある不思議な魅力があって、その意味でこの映画はまさにその感覚を味あわせてくれる何かがあるような気がして、そこが良いなと。

ココが×

関係を詰めるのに使われるツールがひどく安易で安っぽい(マリファナ)点と、ラストの関係性の変わり方がそれはそれで良いものの、少し作り物っぽさが強く出ちゃうのが残念でした。そこまでの生々しさが良かっただけに。

MVA

それぞれ皆さん良かったので難しいところですが…この人に。

アンソニー・マイケル・ホール(ブライアン・ジョンソン役)

“秀才”のブライアン君。

ちょっと抜けてそうな子供っぽさもありつつ、やっぱり上に挙げたシーンの良さが際立ってたかなと。

ただ「ファンダンゴ」も観てると、やっぱり180度違うジャド・ネルソンの役柄もなかなか味わい深いものがありました。

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