映画レビュー1299 『フレンチアルプスで起きたこと』
JAIHOです。
北欧映画はややシュールなものも多いので、去年「ガール・アンド・スパイダー」で大外しした身としてはやや震えつつ選びましたが…。
フレンチアルプスで起きたこと
リューベン・オストルンド
ヨハネス・バー・クンケ
リーサ・ローヴェン・コングスリ
クララ・ヴェッテルグレン
ヴィンセント・ヴェッテルグレン
クリストファー・ヒヴュ
ファンニ・メテーリウス
オラ・フロットゥム
2014年8月15日 スウェーデン
118分
スウェーデン・デンマーク・フランス・ノルウェー
JAIHO(Fire TV Stick・TV)
気まずさNo.1。
- 普通の良い家族だったはずが「危機での行動」を経てギクシャクする
- 全体的に生々しく気まずいコメディドラマ
- 終始居心地悪く、落ち着かない感じが良い
- 世のお父さんたちは「自分だったらどうするか」を考えながら観よう
あらすじ
「めちゃくちゃ面白かった!」と言いたくなるような映画ではないんですが、ただ終始生々しく居心地の悪い感覚は妙に癖になるいやらしさがあって割と好きでした。
ビジネスマンの父トマス(ヨハネス・バー・クンケ)、その妻エバ(リーサ・ローヴェン・コングスリ)、長女のベラ(クララ・ヴェッテルグレン)、弟の長男ハリー(ヴィンセント・ヴェッテルグレン)の4人家族は、バカンス的な感じでフレンチアルプスの高級ホテルにやってきました。仕事中心で一家を支える父トマスの家族サービス的な側面が強い滞在のようです。
滞在2日目、ホテルの屋外レストランで一家が昼食中、人為的に起こされた雪崩がまさに今食事をしているテラスめがけて襲ってきます。
最初は「あれは人為的なものだから大丈夫だよ」なんつってたパパも途中から「これマジでヤバいやつでは」と思ったのか、いよいよテラスに到達するそのときにはパニックになって奥さんも子どもたちも置いて一人ダッシュで逃亡、一方残った妻のエバは子どもたちを守りながら事なきを得ます。
「いやービックリしたねハハハー」ってな調子で戻ってきたパパトマス、しかし「子どもたちを置いて逃げた」現実はエバの胸に深く刻まれ、このあと事あるごとに蒸し返されることになります。
この事件を契機に一気に気まずくなったファミリーですが、しかしバカンスはまだまだ始まったばかり。どうなる、一家…!
自分はどうするのか考えて備えておきたい
緊急事態にその人の本性が出るのはよくある話で、思わず一人逃げてしまった父親の“威厳喪失”気まずムービーです。
ジャンルはドラマにしましたがブラックコメディ的な映画でもあります。(ちなみにフィルマークスのジャンルはスポーツになってたんだけどそれは違うだろ)
いわゆる「自分だったらどうするか」を考える、学べる映画の一つと言っていいですが、それにとどまらず…というかそこをスタートにいろんな人間性が見えてくる、非常に示唆に富んだ物語でした。
発端となる「雪崩未遂」のシーンは、正直「今どき子ども置いて逃げる父親なんている!?」と思いましたが、それは僕が子どももおらず、またこういった緊急事態に直面していない頭でっかちだから…なのかもしれません。
実際に生死をかけた場面に直面したとき、何をおいても自分を守ろうとする可能性もあるでしょう。そういった意味(自分を高く見積もりすぎの可能性)も含めて非常に考えさせられるお話でしたね。
問題の場面では奥さんもいるだけに、ここで逃げたら「あとで責めを負う(事実そうなった)」とか「妻も見捨てたと思われる」とか「そもそも男としてかっこ悪い」とか「今どき子ども置いて逃げるとか(子どもを守りたい気持ちの有無以前に)ダサすぎる」とかいろいろ“踏ん張る理由”も思いつくし、彼(トマス)に甘い見方をすれば「お母さんが守ってくれるから大丈夫と判断した」と言えなくもない…けどそれも最低なので父親(及び夫)失格なのは間違いないんですが、まあそうやってその場面一つを取ってもいろいろ考えられるのが面白いポイントです。
いずれにせよどう解釈したところでトマスの非は避けられない“事件”故に、観客としてはその後チクチク言われるのはやむを得ないと思うわけですが、しかしトマスがもっと小物感を発揮するのはむしろこの事件の後の話で、やっぱり「そんなことなかった」って言い張るんですよね。お前の記憶違いだ、と。
それがより事態を悪化させるのは火を見るより明らかなんですが、当人はその公開処刑の場での自己防衛に必死なので理解しておらず、またそもそも「子どもを置いて逃げるタイプってこういう人だよね」という納得感もあってどんどん泥沼にハマっていくトマスの姿は生々しいの一言です。
当然子どもたちにとってもトラウマ級の出来事になったことは想像に難くなく、この一件のせいで楽しいバカンスがすっかり様変わりしてしまう居心地の悪さには監督相当性格悪いんじゃねーのと思いつつもなぜかこっちまで胃が痛くなるような生々しさで楽しませてもらいました。
一方で「逃げた人間」を“責める人間性”も見えてくる辺りもなかなか深く、エバの気持ちは重々理解しつつもそれはそれで責め方もいろいろ考えちゃうよね、と二重構造で考えさせられるいいお話だと思います。
監督の名前はどこかで見たような気がしていたんですが、調べたら「ザ・スクエア 思いやりの聖域」の監督さんとわかって「ああー」と納得。あれもすごく生々しい居心地悪い映画でしたからね…。こういうリアルなちょっと意地の悪い話が得意な監督なんだな、きっと…。
試されているのはトマスだけではない
なお話は一家の中だけにとどまらず、途中参加の友達カップルにも波及してそっちはそっちでまた気まずくなっていくのも申し訳ないけど笑っちゃいます。
エバが他者の目が必要だからと考えて巻き込んだのか、はたまたただ頭にきて言っちゃったのかはわかりませんが、友達側目線で考えると「余計な情報で巻き込まないでくれよ」と思うぐらい結構な迷惑だし、やっぱりエバはエバでどうなのよと思わないでもない。
故にお似合いの夫婦…って言っていいのかどうかもわかりませんが、そんな気がしました。
発端の一件については100%トマスが悪いのは間違いないんですが、それを受けてのその後の立ち居振る舞いについてはトマスはもちろんエバも試されている、という気がしたし、そういう視点を感じさせる時点で上手い。ただの気まずいリアルドラマではない、意外と深い映画だと思います。
ただオチは予想通りフワッと終わっていくし、バチッと決まる何かがない(そういう映画ではないのもわかってはいるんですが)のでビシッと「面白い!」と言えないのももどかしいところ。
実はこの映画はそれこそ夫婦で観てあーだこーだ会話しながらお互いの溝を埋めていく作業に向いているような気がしますね。
ただご存知の通り僕は子どもはおろか奥さんもいないんでね…。イマジナリーワイフに「俺は逃げないよ! 絶対!」と空疎な約束をしてエンドです。完全にバッドエンド。
このシーンがイイ!
「この中であなたが一番かっこいい」と言われるシーンがつらすぎて最高でした。あんな居心地悪いことある!?
ココが○
リアルながら露悪的すぎず、本当にこういうバカンスを過ごす家族が今もどこかでいそうなぐらい生々しい作り。これはもう完全に才能ですね。
あとちょくちょく出てくる従業員のおっさんが「普通のいい人」ではないのがすごく好き。仕事を離れればその辺のおっさんなんだよ、という当たり前の事実をちゃんと描く感じ。
ココが×
やっぱり終わり方かなー。もうちょっとビシッと終わって欲しい。ただこれは好みの問題もあるでしょう。言いたいことはわかるんですが、ただもう少しだけビシッと何かが欲しかった。
MVA
役者さんの名前を見た感じでは姉弟は実の姉弟なんですかね。結構上手だなぁと思いながら観ていましたが。
それはそれとしてこの人にします。
ヨハネス・バー・クンケ(トマス役)
主人公のダメ親父。
こういう人いるよねーと安全圏から言ってはいますがいざ緊急事態に遭遇したときに自分がそうではないとは限らない、というのは肝に銘じておきたいところです。
そんな「いるいる」感の上手さとその後の弱みを見せていく辺りもなかなかしっかり演じていてよかったですね。