映画レビュー0329 『その土曜日、7時58分』
この前観た「画家と庭師とカンパーニュ」に入っていた予告編を観て気になった作品。ですが、あの映画になぜ入っていたのか不思議なほど雰囲気が違います。(ちなみにこの映画には逆に「画家と庭師とカンパーニュ」の予告編が入っていました)
予告編の段階ですでにほとんどの内容を語ってるっぽい気がしたので、最近ありがちな「予告編がピークでした」的な恐怖を感じつつ、観てみました。。
その土曜日、7時58分
これまた重い。でも面白い。
「十二人の怒れる男」「セルピコ」「ネットワーク」など、社会派作品の名匠シドニー・ルメット監督の遺作となった映画です。ジャンル的にはサスペンス人間ドラマ、といった感じ。
概要。
とある会社の経理担当重役のアンディは、それなりの地位があることからそれなりにいい生活をしているようですが、会社の金で不正を働いていたことがバレそうになって大ピンチ。なんとか隠し通したい彼としてはお金が欲しい。そこで、「両親が経営している宝石店を襲う」強盗計画を立てます。
ただ、自分で手を汚したくないのか、実行犯は同じく金に困っている弟・ハンクにやらせようと彼を計画に引きずり込みます。ですが、ハンクはアンディが思う以上に腰抜けだったのか、ハンクもまた自ら実行犯になりたくないと思い、知り合いのワルに実行を依頼。自分は運転手として現場に向かい、車内で待っていると、何発かの銃声が聞こえ、実行犯の相棒はどうやら殺された模様。
パニック状態のまま車を走らせその場は逃げ切るも、やがて知らされる「店に出ていた母が撃たれ、危篤状態に」という事実から、次第に二人の運命は狂い始めていく…というお話。
ざっと説明しますと、アンディの計画は完璧に思えましたが、大きな見込み違いが2点あり、そのせいで彼らは“堕ちていく”ことになります。
一つは、計画に引きずり込んだ弟が別の実行犯を用意してしまったこと。もう一つは、もう店には出ないと言っていた最愛の母がその日はたまたま店番をしていたこと。この二つの“想定外”が出会ったことで計画は失敗、母は撃たれてしまい、金も手にできず、自分たちの関与がバレないか恐怖に怯える日々がやってくるわけです。
予告編では「母が撃たれたことであぶり出される家族のドラマ」みたいな面が強く出ていたように思いますが、実際はそれよりもサスペンスの色合いが濃くなっていて、重く暗い人間ドラマに、プラスでそこから抜けだそうともがく二人の兄弟が、段々と悪化していく事態をどう乗り切ろうとするのか、先の読めないサスペンス的展開でグイグイ惹きつけていくような映画です。
どうやらこの物語は映画完全オリジナルのようですが、まず設定が非常にリアル。「もっとこうしろよ」とか「弟に自分でやれって念を押せよ」とかいろいろ思うことはあるものの、そんなのは結果を見ているから言えることで、実際こういう計画、こういう結末ってあってもおかしくなさそうな怖さがありました。
「告白」に似た雰囲気というか、ああいう「嫌な暗さ」のある物語ですが、妙な悪人が文字通り“劇的”だった「告白」と比べると、もっと普通の人が堕ちていく感覚が強く、話としての「ありそう感」、リアルさはこっちの方が上かな、と。
そんないかにもシドニー・ルメット監督らしいリアリティのある物語と、何より役者陣が本当に素晴らしかった。
頭は切れるものの麻薬に依存しきっているメンタルの弱い兄・アンディを演じるのはフィリップ・シーモア・ホフマン。いつも通り、素晴らしい。いかにもひ弱そうで決断力のない“草食男子”っぽい弟・ハンクはイーサン・ホーク。これまたこの手の役をやらせたらピカイチですね。旦那・アンディに不満をいだいて弟と浮気しちゃうダメな嫁を演じるのはマリサ・トメイ。40過ぎなのにエロかわいい。 です。そしてその兄弟の父を演じるアルバート・フィニーもジワジワと存在感を増してきてこれまた良かった。
物語はその「強盗事件」を軸に、その前後と中心人物を入れ替えながら、同じ話を多面的に追いつつ、まさにパズルのピースをはめていくような感覚で「ああ、ここでこういう話をしてたのか」とか「こういう状況になってたのか」を理解しながら進んでいく形。
序盤はピースが少ないのでわかりにくい部分もありますが、最後まで観ればほとんどの人が「わかんねーよ」ってことにはならないと思います。全部観終わって思いましたが、普通に時系列そのままで全部流してたらそこまで面白くなかったかも、という気もします。「メメント」ほどのすごさはありませんが、やや入り組んだ構成が功を奏している数少ない映画と言えるでしょう。徐々に状況を理解し、そして徐々にひどくなっているのがわかる感覚、これは…重くてしんどくもありましたが、面白かった。
やや場面転換の演出が安っぽくてうるさいな、っていう部分が気にはなりましたが、総じて役者陣の名演技と重くリアリティのある物語は見応えたっぷりで、意外な拾い物を見つけたような嬉しさ。
出ているメンバーが(渋いながら)良い割にタイトルも知らなかったし、まだまだ自分の情報収集能力はダメだな、おなじみマイアーだぜと反省した次第です。
サスペンス好きな方にはオススメ。ただし、重たいです。
このシーンがイイ!
オープニングですが、パニクりながら逃走するイーサン・ホークの演技。やべーな、ただじゃ済まないぜ感がハンパ無くて。
ココが○
物語として隙のない作り、でしょうか。もちろん登場人物には隙があるというか、バカだなーって思うことはあるんですが、そこがまた人間らしくもあり、リアル。
ココが×
話の重さ、暗さでしょうか。
あとはなんか妙に長いオープニングのセックスとか。クスリも普通に出てくるし、当たり前ですが子供が観る映画では無いでしょう。
MVA
やー、悩ましいですね。上に書いた通り、みんな素晴らしくて。ただ一人選ぶなら…この人かな。
イーサン・ホーク(ハンク・ハンソン役)
やっぱりイーサン・ホークってうまいですね。
いかにもダメそうな雰囲気に、感情的な演技は完璧でした。もう本当にこういう人いそうだもん。実際。
同じくフィリップ・シーモア・ホフマンも素晴らしかったんですが、「弱さ」の部分でイーサン・ホークの方がより良かったかな、と。