映画レビュー0778 『嗤う分身』
なんかのソフトに収録されていた予告編を観たときから気になっていたこちらの映画、今回もまたネトフリ配信終了が迫ってきているということで観ました。ちょっと嫌な予感がしつつ。
嗤う分身
雰囲気はすごく良いけど、やっぱりちょっとリアリティが…。
- やや哲学的で向き不向きありそうなお話
- 黄色がかった暗い世界が独特の雰囲気で◎
- 正反対の役柄をきっちり演じるジェシー・アイゼンバーグがさすが
- ミア・ワシコウスカがゲキカワ
予告編でね、日本のグループサウンズの曲が流れてたんですよ。「ぼぉーくぅーはー」って。どうやらブルーコメッツの曲らしいんですが。
それでもうその怪しさにグッと来てしまい、観たいぞと。何せあの傑作「マジカル・ガール」みたいな例もあるじゃないですか。あえて日本の曲を使ってるところに独特の世界観があって面白いんじゃないの、っていう。
実際独特の世界観はすごく感じられるとても面白い雰囲気の映画だったんですが、ただ話の筋としてはあまり好きなタイプのものではなかったのが残念だったな、という総論。
物語はかの文豪ドストエフスキーの作品「分身」を元に、時代を現代に置き換えて制作されたもの…だそうですが、世界観的にはレトロフューチャーって言うんでしょうか。現代なのかもしれないけど古い、みたいな独特の世界でした。
主人公のサイモンの勤め先の会社なんてもう完全に「未来世紀ブラジル」を髣髴とさせるような雰囲気で、なんなら「ゼロの未来」っぽいゲームも出てきたりしてかなりギリアム臭のする映像。なのでギリアムの映画が好きな方は一見の価値があるかもしれません。僕もそのうち「ギリアムが好きなの」なんて女子と出会ったりしたら「じゃあギリアムじゃないけど嗤う分身は観たかい?」なんつって太ももに手を伸ばしたりしたいなと思っております。 案件。
そんなギリアムっぽいビジュアルではあるんですが、全体的には非常に鬱屈したイメージで、まあ早い話が暗い。陽の光が一切差さない世界です。おまけに黄色い。全体的にイエロートーンという感じで、そこがまたちょっとレトロ感を増幅させているようなイメージ。
主人公のサイモンは非常に影の薄い青年らしく、今の会社には7年間勤めているようですがなぜか急に入館証が機能しなくなり、守衛に「俺だよ俺」ばりに顔を見せるも「お前なんて知らねぇ」と毎日入館手続きをさせられるような気の毒なお方。仕事に対するモチベーションはあるものの上司にもまったく評価されておらず、唯一の楽しみは向かいのアパートに住む同僚で憧れの女性でもあるハナの部屋を望遠鏡で覗くことだけ、というなかなかな人生です。これがね、なかなかなんですよ。でもこの寂しさ他人事じゃない感じで少し胸が痛い。
何をするにもうまく行かず、周りの誰もが自分を敵視しているんじゃないか…というような状況の中、ある日また懲りずに向かいのハナの部屋を覗いていたところ、謎の男の飛び降り自殺を目撃。その事件がきっかけとなってハナと二人きりで話をする機会が訪れるも…その男についてまるでサイモンのことかのように罵倒するハナに困惑するサイモン。それでも認知してもらえた喜びからプレゼントを買ったり意欲的になってきたところで、ある日突然自分とそっくりのジェームズが入社してくる…というお話。
観る前から感じていたことですが、やっぱり「複製された男」とだいぶかぶる部分はあります。テーマも似たような感じだし。なので話も似てるしあんまり好きじゃない…のは事実ですが、ただこっちはやっぱり世界観・雰囲気的なものがかなり独特で良くも悪くも味があるので、その分僕としてはこっちの方が好きでした。
それと「複製された男」は二人とも暗い感じのジェイク・ジレンホールで抑揚に欠ける部分があったと思うんですが、こっちはなんと言っても「クセ男を演じさせたら当代随一」かもしれないジェシー・アイゼンバーグが見事に二役を演じているのが大きいかなと思います。(ジェイクもクセ男役はめちゃくちゃウマいので、二人の力量に差があるというわけではなく単純に脚本上の役柄の違いでしょう)
片やうだつの上がらない根暗気弱男、片や自信満々で口も手も早い嫌味な男、という二役を「同じ顔だけど違う人」に感じさせるぐらいにきっちり演じ分けているのがさすが。後者(ジェームズ)はいつものアイゼンバーグ節全開感もあって、彼のファンであれば「コレコレ」と思うぐらいに既視感のあるキャラクターなんですが、反面前者(サイモン)はあまり観たことがないアイゼンバーグ君という感じで面白いんですよ。ああ、こういう役も似合うんだ、っていうのが。
サイモンはそりゃモテなそうだよなと思うし、ジェームズはそりゃモテるだろうなと思うし。人間顔じゃないんだね、みたいな。演技に興味がある人であればこのジェシー・アイゼンバーグの二役を観るだけでも価値がある映画ではないでしょうか。
ただ、まあ話がね。やっぱりね。ちょっとね。納得出来ないぞと。
もちろん例のごとく興を削ぐので詳しくは書きませんが、どうしても…リアリティを感じられないんですよね。古い小説が原作だから、っていうのもあるとは思うんですが。ちなみにもちろん無学の僕は原作は未読です。
いろいろ思わせぶりなシーンもあって、終盤に向けてどう回収するのか気になる展開ではあるんですが…イマイチその辺にもきっちり理由を見出すことも出来ず、なんとなくビックリ展開で綺麗に仕上げて終了、というような感覚が強くて。
ただこれは、これまたおなじみですが僕の「理解力の無さ」故の可能性も十分あるので、もっと深読みができる人であればまた楽しみ方も納得感も変わってくるんだろうと思います。なのでまあ当たり前過ぎますが「好きそうなら観れば〜?(クレしん)」ってところでしょうか。「複製された男」が良かった、という人は比較する楽しみも込みで一回観てみてもいいんじゃないかなと思います。
僕はあれがイマイチだったこともあって、「またこのパターンか…」的に嫌な予感が的中しつつ、ただ世界観とジェシー・アイゼンバーグのおかげでそれなりに楽しめたなーというまとめ感。上映時間が短いのも良いですね。サリー・ホーキンスもちらっと出てくるよ!
このシーンがイイ!
ある意味ではどのシーンも印象的で、なかなか珍しいタイプの映画だと思います。中でも一つとなると…どこだろう。
地味だけど、お母さんの入っている施設(老人ホーム?)のおっさんとのやり取りのシーンかな。理不尽で救いようがないサイモンの状況を端的に示している気がして、いろいろ観てるのがしんどいレベルの生活だなっていう悲劇性がよく出ていたシーンだと思います。
ココが○
まあやっぱり世界観ですよね。この雰囲気は多分ずっと忘れないと思う。そんなに好きな映画でもないんだけどきっと頭を離れないという、なかなか貴重な映画になりました。
ココが×
とにかく嫌なやつらだらけなので、結末は置いといてそれなりに気分の悪いお話ではあります。こうも嫌われる人っているのか、というレベルで誰一人味方がいないサイモンが気の毒でしょうがない。
あとは単純に話が好きか嫌いか、というところでしょうか。僕はやっぱりこういうリアリティを感じられない話はモヤモヤしちゃってダメ。
MVA
この映画を観た一番大きな収穫がミア・ワシコウスカでしたね。めっちゃかわいかった。(未見だけどアリス・イン・ワンダーランドの)アリス役の時はそんなかわいいとも思ってなかったんですが、ボブが激マブで激ボブです。ただ性格は最悪。
とは言え選ぶのはこの人しかいないでしょう、やっぱり。
ジェシー・アイゼンバーグ(サイモン・ジェームズ/ジェームズ・サイモン2役)
上に書いた通り、見事な2役。
この人は好き嫌いは別として、やっぱり他にない立ち位置を確保してますよね。いつもジェームズみたいな役ばっかりなので、ああいう役ばっかりやるようだと面白くないなーと思っていたらサイモンの演技もお見事で、こういう別方向の役でもいろいろ観てみたいと思わされました。今後も楽しみ。