映画レビュー0393 『ワルキューレ』
観たいと思ってたけど観られずに公開終了…と思ってたらもう5年前の映画なんですねぇ。
本国ドイツでは敬虔なクリスチャンだった主人公・シュタウフェンベルク大佐の役をサイエントロジー信者であるトム・クルーズが演じることにだいぶ抵抗があったようですが、宗教関連に縁遠い日本人としてはあんまりその辺に神経を使わずに観られるのがいいね、とも思いつつ。
ワルキューレ
途切れない緊張感であっという間の2時間。
特にノンフィクションというお断りはされていませんが、少し調べたところほぼ史実に忠実なようで、細かなセリフややり取りは当然別としても、大枠では登場人物も話の内容も実際に近いものと考えて良さそうです。
となると、ご存知の通りヒトラーの最期は自殺なので、この「ワルキューレ作戦」は失敗に終わることになります。結末がわかっている以上、なかなか惹きつけるのは難しいんじゃないかと思いましたが、結論から言えばまったくその心配は必要がなく、全編通して緊張感溢れる力作で、僕としては期待以上のかなり良い出来だったと感じました。
トム・クルーズ主演のハリウッド映画…ではあるんですが、元々主役のシュタウフェンベルク役には、この映画で予備軍(ワルキューレ作戦実行の際の官公庁制圧実行部隊)トップのレーマー少佐役を演じていたトーマス・クレッチマン(この人も良かった)が内定していたそうです。
その他脇役陣もイギリス人俳優が多く、トム・クルーズほどのわかりやすいネームバリューのある人はいないので、これは単純に興行面を考えてトム・クルーズは客寄せパンダだったんだろうな、と思います。その他のトム・クルーズ作品と同様、彼自身が製作総指揮を担当しているので、「俺にやらせろよ」みたいなのももちろんあったんでしょうが、やっぱりフラットに見て「このキャストじゃちょっと地味すぎるな」と言うことで自分自身が出ることを決めたんじゃないかな…と予想もしつつ、言いたいのは別のことで。
世間的に見れば確かに「地味すぎるキャスト」ではあるんですが、僕は観ててワクワクするような素晴らしいキャスティングだったんですよね。何が面白い、ってコメディ系の名演が記憶に残っている役者さんが多くて。
それぞれいろんな作品に出ているので代表作はこれに限りませんが、主だった脇役陣を挙げると、まずトム・クルーズ演じる主人公・シュタウフェンベルク大佐の直属の上司にあたるオルブリヒト大将は、「ラブ・アクチュアリー」であの下品極まりない元ロックスター爺さんを演じたビル・ナイ。
そのオルブリヒト大将の上司であるフロム上級大将を演じたのは、「フル・モンティ」のトム・ウィルキンソン。
反ヒトラー派のリーダー的存在である、引退した元軍人ベック将軍役は「プリシラ」のテレンス・スタンプ。
そして「オーシャンズ12」「オーシャンズ13」のローマン・ネーゲル役以外で初めて観ました、フェルギーベル大将役を演じるエディー・イザード。
この辺りの人たちが、緊張感溢れる「謀反」をシリアス一辺倒で演じてるんですが、まぁ地味ながらジリジリとした名演が素晴らしくて。この辺の作品を観たことがある人には、「えーあの人か!」と驚きながら楽しめることウケアイです。
監督は「ユージュアル・サスペクツ」でお馴染みのブライアン・シンガー。スピード感と緊張感をテンション高いまま突っ走る演出が良かったですね。
やっぱり詳細は別として、「ヒトラー(の率いるドイツ軍)」というのは特別な知識も必要がなく、言ってみれば“記号化された悪役”に近いものがあるので、舞台背景の詳細を描く必要がないのも大きいように思います。結末がわかっているというデメリットがある反面、その他の細かい描写を必要としないのは、わかりやすい映画を作るという意味ではメリットだったかもしれません。
惜しむらくはドイツ人将校の名前が覚えにくいのと、それぞれの軍内部での役割がわかりにくいという部分でしたが、ただストーリーとしてはその辺があまり理解できてなくても問題はないように思います。
この「ワルキューレ作戦」をベースにしたヒトラー暗殺計画というのは、数あるヒトラー暗殺計画の中でも一番最後に実行された有名なもののようですが、僕はまったく知らなかったので、敗色濃厚だったとは言え当時のドイツも一枚岩でなかったのがわかるのも面白かったし、単純にスパイ的な駆け引きの面白さもあるので、地味ながら万人が楽しめる娯楽映画に仕上がっていると思います。
ただ、作戦が失敗に終わっていく過程についてはだいぶあっさりしていて、この部分の丁寧さに欠けるように感じた点だけは少し残念でしたが、全体的には申し分の無い、面白い映画でした。鑑賞後、「ワルキューレ作戦」についてWikipediaを読みふけったのは言うまでもありません。詳細は避けますが、気温で環境が変わった展開は、「ダラスの暑い日」で有名なケネディ大統領暗殺事件を思い出しましたね。
ちなみにこの計画に携わった面々は、現在のドイツでは英雄として顕彰されているとのこと。
歴史を顧みずに憲法改正云々言うお子様首相がいるどこぞの国とは、第二次世界大戦への反省と総括にエラい違いがあるなぁとこれまた考えさせられました。そう言えばそのどこぞの国では、野球選手の人生を破壊しかねない重大な問題を引き起こした頭の悪いコミッショナーが「私の評価は歴史がする」とかバカなことを言っていますが、「歴史が評価する」のはまさにこの映画の登場人物のような人たちのことを言うのであって、お前みたいなバカは歴史上に残りもしねーよ、と思いましたね。
一回この映画観てから言えや加藤ボケ、と。あ、名前書いちった。
と、チクリと嫌味で終了です。
このシーンがイイ!
決行の日の緊張感、スピード感はたまりませんでしたね。
あとは奥さんとの別れのシーン。走ってきた時の奥さんの表情が素晴らしかった。
ココが○
だいぶ周辺事情をそぎ落として「ワルキューレ作戦」にフォーカスした作りは、娯楽寄りな感じはありますが、映画として楽しむという意味では良かったように思います。これはおそらく、アメリカ映画らしいうまさの部分ではないかと。
ココが×
反面、やっぱり深さという意味では少し落ちるので、どっちがいいかは別としても、見せ方を変えればだいぶ印象の違う映画として作れそうな感じもありました。もっと人物描写を色濃くすれば、かなり濃厚なヒューマンドラマが作れそうでもあるし、そういうのが観たかった、っていう人もいるのは理解できます。ただ、娯楽としてはこの作りは悪くないと思う。
あとは上に書いたように、やや尻すぼみな感じが惜しい。結末がわかっているだけに、ここの描写を少し工夫して欲しかったかな…。
MVA
何度も書いていますが、なんだかんだ言って僕はトム・クルーズは良い俳優だと思っていて、この映画でもやや一辺倒ですが抑え気味の演技は映画の邪魔をしない悪くないものだったと思います。ただどうにも脇役陣が素晴らしく、好きな人だらけだったので一歩落ちる印象。その脇役陣、最後まで悩んだのがビル・ナイだったんですが、こちらの方にします。
クリスチャン・ベルケル(アルブレヒト・メルツ・フォン・クイルンハイム大佐役)
ビル・ナイ演じるオルブリヒト大将の部下の丸坊主。
眼力がすごくて。丸坊主なんですが、渋くてかっこいい。感情的になる見せ場もあったし、まさに映画が締まる脇役の一人でした。
いやでもほんと、この映画は脇役のキャスティングが素晴らしすぎます。