映画レビュー0698 『サイレント・ランニング』

もーね、本当に毎週レコーダーがカツカツなんですよ。

少し前からBSプレミアムの映画番宣も録画してちゃんと観るようになったら余計に録画本数が増えました。ということで優先的にBS録画からの鑑賞が増えます。今年はちょっと古い映画欲が強くなっているんで良いんですけどね。やっぱりなかなか侮れない映画を流してくれるBSプレミアムはイイ。

そんなわけで本日はこちら。

サイレント・ランニング

Silent Running
監督
ダグラス・トランブル
脚本
デリック・ウォシュバーン
マイケル・チミノ
スティーブン・ボッコ
出演
ジェシー・ヴィント
クリフ・ポッツ
音楽
ピーター・シャイケル
主題歌
『Rejoice In The Sun』
ジョーン・バエズ
公開
1972年3月10日 アメリカ
上映時間
89分
製作国
アメリカ

サイレント・ランニング

地球上の植物が絶滅し、人工的にすべてが管理されている近未来。宇宙では再び植物を繁殖させようと3隻の宇宙船に取り付けられた温室ドームで植物栽培が行われていた。しかしその事業も廃止が決定、遊び半分で参加していた3人は地球への帰還を喜ぶが、彼らとは対照的に熱心に栽培に取り組んでいた男、フリーマン・ローウェルは育てている動植物を核爆弾で破棄せよという司令に激昂し…。

心に残る切な系アメリカン・ニューシネマSF。

8.5

地球上の植物が滅んでしまった近未来、その植物を再度繁栄させるための事業を宇宙で行っていたものの、何らかの理由でその事業も中止が決定、真面目に取り組んでいた男がそれに反発する…というお話。

監督はダグラス・トランブル。あの「2001年宇宙の旅」や「ブレードランナー」の特撮を手掛けた方として有名な方だそうですが、今作が満を持して(?)の初監督作品となったようです。が、興行的には様々な理由により失敗してしまった模様。ただ評価は高いぞ、ということで期待して観ましたが、なるほどこれは確かに良い映画でした。

主人公はブルース・ダーン演じるフリーマン・ローウェル。宇宙で行われている植物栽培事業に最も熱心に取り組んでいるものの、それ故にまったくやる気のない遊び気分の同僚3名からは変人としてやや疎まれているようです。ぶっちゃけ見た目的にも二枚目というわけでもなく、非常に地味で。なんとなく逆説的に「良い映画なんじゃね?」と期待させる感じ。

あらすじでもわかる通り、地球では植物が絶滅してしまっている近未来…ということで、だいぶ後発ですが「インターステラー」の世界にかなり近い、あまり望ましくない(と思える)未来が描かれていますが、ただこちらの世界では「植物は滅んだものの地球は人工的に管理されている」ので、植物がないからと言って特段問題はないようです。

食事も人工物のみで完全供給がなされているようで、正直世界観的にはなぜこの事業が行われているのかは割と謎なような。別に困って無さそうですからね。一応念のために植物も研究しておくか、ぐらいの感覚だったんでしょうか。もちろん現代人としては「植物のない地球はアカンやろ」と思いますが、ただ気温も完全管理されてかなり快適らしいセリフもあるので、感情論を抜きにすれば特に植物にこだわる必要も無さそうな世界ではある気がします。

だからこそ、なんでしょうが、この事業は映画開始早々に廃止が決まります。「いやー、やっとくだらない仕事から開放されて地球に帰れるぜー」ってな感じの同僚3人を尻目に、一人熱心に植物の必要性を説いていた主人公・ローウェルは反発するわけです。

「植物を栽培している温室ドームはすべて核爆弾で破壊してから帰ってね」と言われた彼らはそれを粛々と進めますが、そのドームにはローウェルが手塩にかけて育てた植物はもちろん、植物と共生する小動物や鳥たちもいて、果たしてこのまま事業を放棄していいものなのか…と観客にも問いかけつつ、ローウェルは一つの決断を下す…というのが前半戦。これ以降はあんまり書いちゃうと興を削ぐので概要はここで終わり。ワリオーです。

まずこの映画のスペック的にはですね、おそらくは低予算映画なんだと思いますが、地球のシーンは皆無で宇宙のシーンのみです。もっと言えば、宇宙船内部の温室ドームとその他生活スペースが大半で、あとは申し訳程度に宇宙船外のシーンが入る程度。

で、「2001年宇宙の旅の特撮を手掛けたダグラス・トランブルが監督!」と言いつつも完全に重力とかは気にしないスタイルを取っているので、「宇宙モノの映画」として観ると少々安っぽいのは否めません。時代的なものを考慮してもチープであるのは否定出来ないところでしょう。

ただ、そのチープさがですね。逆に味になっていてイイなと思うんですよ。1970年代の映画ですが、なんなんでしょうね、この時代らしいチープ感というか。古い映画が好きな人にはたまらないチープさだと思います。

そういう時代的なチープさは、この映画における重要キャラと言えるヒューイ・デューイ・ルーイという3体のロボット(劇中ではドローンと呼ばれています)に如実に現れていて、そこがまたものすごく良いんですよ。このロボットのチープさ、拙い感じがこの映画の最も重要な雰囲気を表現していて、その「デキの悪い雰囲気」みたいなものがものすごく染みるんですよね。その雰囲気のおかげで愛らしさも増すから感情移入も助けるし、頼りなく見えるおかげで不安感も増して先行きが気になるしで。このロボットたちの描き方、使い方は本当にうまいなと思いました。

ちなみにヒューイ・デューイ・ルーイはご存知の方も多いでしょう、かの大スターアヒル・ドナルドダックの3匹の甥っ子の名前です。僕もねー、少年時代すごく好きだったんですよ。「わんぱくダック夢冒険」。それだけに余計にグッと来た…というわけでもないんですが、とにかくこの3体のロボットの描き方がこの映画のイメージにかなり寄与していたことは間違いないと思います。

またこのロボットの歩き方になんとも言えない愛嬌を感じるんですよ。一生懸命歩く感じが。鑑賞後にそのからくりを知りましたが、これはきっと余計な情報になってしまうので割愛しておきます。ただ、このロボット3体はかなりこの映画における重要な存在だったというのは重ねて伝えておきましょう。手足こそあるものの顔に該当するような構造はまったくないんですが、でもそこに人間性を感じさせる表現がたまらなく、また彼らを擬人化して見られるようにすることで映画の物語が膨らむ、というとても大切な存在でした。

最初に書いた通り、舞台背景としては「インターステラー」を感じさせる映画ですが、低予算かつ“切な系SF”としては「月に囚われた男」の源流も感じる映画だと思います。上に書いたような「ロボットの擬人化」という視点のおかげでより主人公の孤独が深まる雰囲気もすごく「月に囚われた男」っぽい。なので、この辺の映画にピンとくる人は観てみると良いかも…と思いますが、ただそれよりも僕は最後まで観てこの映画はアメリカン・ニューシネマの一種じゃないか、という気がしたんですよね。アメニューの定義とか全然詳しくないんですけど。でもそう思ったんですよ。

狼たちの午後」とか「俺たちに明日はない」とか、ああいう映画に似た感覚を覚える映画だったな、と。ある意味で反体制的な主人公なわけだし。

ラストシーンはとにかく印象的で、見終わった後もしばらく心がこの世界に残ったままでした。こういうエンディング、好きなんですよね…。

上記のようにチープさが目立つことは否めなかったり、やや後半部分が長い気もしたりして、やっぱり時代的なマイナスポイントも無かったわけでは無いんですが、それでも良い意味で先がイマイチ読みにくく気になる物語ではあったし、何より全編通してどことなく儚く切ない雰囲気が通底しているSF感、これはもう個人的にたまらないものがありました。

「超名作」とまでは言えませんが、好きな人はものすごく好きになれる映画なんじゃないかと思います。僕としても面白さ以上に心に残る物語だったし、きっとこの映画は忘れないなーと思います。機会があったらぜひ。

ネタバレント・ランニング

鑑賞後に見たレビューの中でよく見かけたのは「太陽光が足りなくて枯らすとか素人すぎるだろ」的なご意見。

確かにそれはわかるんですが、僕はそこは気になりませんでした。大前提として“地球上から”植物が無くなってしまった世界なので、きっとそういう知見も失われてたんだろうな、と普通に思って。今の常識とは違う世界のお話なので、そこに今の常識を当てはめて語るのは多分間違っているような気がします。

その辺とは別に一つ、僕がエンディングを観る前から気になっていたのが、ロボットたちの動力源。何で動いてたんだろう? まあ未来の話だしその話を入れ込んで複雑にする必要もない、という判断だとは思うんですが、ただああいうエンディングだと果たして「永遠に稼働」できるのかどうかが気になりますね。

それにしてもエンディングはなー。切ないよなぁ…。あれが完全なロボット、言ってみればペッパーみたいなものであれば、切なさよりも怖さみたいなものが盛り上がると思うんですよね。永遠に続く恐怖的な。あのチープな人間臭いロボットだからこその切なさ、っていうのがこの映画らしい感じですごく染みましたね。しみじみと。

ローウェルは元々計画性も無く感情で動いて同僚を殺害してしまったんでしょうが、それにしても将来がなさすぎる決断はこれまたいろいろと考えさせられます。確かにあの状況で全部破壊しろはキツイけど、かと言って一人残されてもどうしようもない気が…。結局仮にデューイが永遠に植物を育て続けてくれてたとしても、それが地球に戻ることもおそらくは無いわけで、ローウェルがああいう選択を取ったのは「植物そのものに対する愛情」でしかなかったのか、はたまた(植物栽培をやめることを決断した)愚かな人間に対する抵抗でしかなかったのか…。それはそれでまた…壮絶な話という気もする。

一つ言えることは、こうやって「映画後の世界」に思いを馳せられる映画は好きだし、良い映画だなと思いますね。

このシーンがイイ!

ベタだけど…「埋葬」のシーンかなぁ。あとはヒューイとデューイのシーンはどこもなんとなく淋しげな良さがありましたね。

それとまあ…言わなくてもわかるでっしゃろ的に、ラストシーンはすごく良かったと思います。終盤まで来ればきっとこういう終わり方をするんだろうな…とわかりきっている終わり方なんですが、良かった。

ココが○

いろいろと価値観を含ませた話だと思うんですよ。主人公の選択(序盤と終盤の2つ)にしてもそうだし、植物と地球の関係とかもそうだし。ただ、それについて声高に良いの悪いのを言うような感じに作ってないんですよね。

あくまで読後感というか観後感というか…観客の余韻のために価値観を使っているだけで、そのこと自体に対して良いとか悪いとかメッセージを込めていない、その作り方がすごく良いなと思います。観ている人を信頼して、その人の感じることが正解だから考えてくださいね、というような作りに見えて、ここがまたすごく好きだなと思います。

ココが×

やっぱりチープなところは避けられない点でしょう。

上に書いたように美術的なチープさは逆に味になっていると思いますが、やっぱり宇宙空間らしからぬ重力の押し切りっぷりはいくら低予算とは言えもうちょっと頑張ってほしかったなーと思います。

あと爆発シーンがやっぱりちょーっと不満でした。ボワッと丸が広がるだけ、っていうのはなぁ…。爆発シーン自体がかなり重要なので、贅沢な客だとは自覚しつつももう少しグッとくる見せ方が欲しかった気はします。

MVA

まあこれは…観ればわかりますがこの人以外ほぼ選びようがないので。

ブルース・ダーン(フリーマン・ローウェル役)

主人公。

結構アクの強い役者さんな気がしましたが、そのおかげで逆に信念を持っている感じがよく出ていたような気がします。

ちなみに同僚役で若き日のロン・リフキンが出てるんですよね。ロン・リフキンと言えば「L.A.コンフィデンシャル」とか「交渉人」とかあの辺でよく見たお偉いさん的なイメージなので、見終わった後に知って結構驚きました。

若い頃も映画出てたんや…!(当たり前)

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